ここまで、長生術について、
- 脊椎矯正
- プラーナ療法
- 精神療法
- 独自の軟部組織アプローチ
という特徴から、長生学園での学び、学校生活、付属治療院まで紹介してきました。
かなり長いページになりましたが、ここまで詳しく書いたのには理由があります。
それは、私自身が長生学園へ入学する前、「長生術とは結局何なのか」がよく分からなかったからです。
このページを書こうと思ったきっかけ
入学前、私も長生術についてインターネットで調べました。
しかし出てくるのは、
「脊椎矯正」
「プラーナ」
「精神療法」
「自然治癒力」
といった言葉が中心でした。
脊椎矯正は何となく想像できます。
しかし、
「プラーナ療法では具体的に何をするのか?」
「精神療法とマッサージがどう結びつくのか?」
「普通のあん摩・マッサージ・指圧とは何が違うのか?」
ということまでは、なかなか見えてきませんでした。
実際に長生術を受けても、最初の印象は、
「身体を揺らしながら、比較的弱い刺激で全身を施術するんだな」
という程度でした。
そして少し意外だったのは、入学すればすぐにすべてが明確になるわけでもなかったことです。
- 先生によって圧の強さも違う。
- 振幅も違う。
- 矯正に対する考え方も違う。
- プラーナについて尋ねても、表現の仕方が違う。
最初のうちは、
「結局、何が長生術の本質なのだろう?」
と余計に分からなくなることさえありました。
ただ、さまざまな先生の施術を受け、自分でも練習を重ね、西洋医学で学んできた知識とも照らし合わせていくうちに、
表面的な手技には違いがあっても、その奥にはある程度共通した考え方がある
と感じるようになりました。
このページで書いてきた、
「密着」
「把握」
「振幅」
「リズム」
「脊椎・関節への働きかけ」
「患者さんとの信頼関係」
「施術者自身の心の状態」
などが、それにあたります。
もちろん、これはあくまで私が長生術を学ぶ過程でたどり着いた一つの解釈です。
長生医学・長生療術に対する考え方には個人差があり、先生によっても、卒業生によっても異なります。
したがって、このページを「長生術の唯一の正しい解説」として読んでほしいとは思っていません。
むしろ、
「長生術って何をやっているのか分からない」
と感じている人が、自分なりに理解するための一つの材料になればと思って書いています。
「長い歴史がある」ことと「正しい」ことは別の話
長生術には長い歴史があります。
日本で生まれ、一つの療術として今日まで継承されてきたこと自体には大きな価値があると思います。
また、あん摩・マッサージ・指圧を学びながら、長生術という独自の施術体系まで身につけられることは、施術家として一つの強みになり得ます。
一方で、
「長い歴史があるから効果がある」
ということにはなりません。
伝統があることと、その治療理論が科学的に証明されていることは別の話です。
これは長生術に限ったことではありません。
カイロプラクティックでも、オステオパシーでも、さまざまな徒手療法でも同じです。
だからこそ私は、長生術を学ぶときにも、
- 「なぜ、この手技を行うのか?」
- 「身体には何が起こっているのか?」
- 「別の説明はできないだろうか?」
考える姿勢が重要だと思っています。
「何が起きているか」を考える
私がこのページを書こうと思った直接的なきっかけの一つに、長生学園で受けた生理学の授業があります。
その授業で印象に残ったのが、
「今行っている手技に、どのような生理学的な意味があるのかを考えることが大切だ」
という趣旨の話でした。
これは、EBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づく医療)を学び、臨床で実践してきた私にとって非常に腑に落ちる言葉でした。
「この手技をすると患者さんが良くなった」
という経験は大切です。
しかし、
「なぜ良くなったのか?」
まで考えなければ、そこで思考が止まってしまいます。
たとえば長生術で身体へ振幅押圧を加えた結果、患者さんの筋緊張が低下したとします。
それを、
「プラーナが伝わったから」
と説明することもできるでしょう。
しかし同時に、
「心地よい触圧覚刺激やリズミカルな身体運動によって、神経生理学的な変化が起こったのではないか」
「施術に対する期待や安心感などの文脈効果も関与していたのではないか」
と考えることもできます。
前述したプラーナ療法について、私があえて西洋医学的な解釈をかなり詳しく書いたのも、このためです。
長生で伝統的に使われてきた言葉を否定する必要はありません。
しかし、
そこで起きている現象を、別の角度から説明できないか考えてみる。
その作業を続けることが、長生術をこれからの時代につなげていくうえでも重要なのではないかと思っています。
科学で説明できないから「間違い」とも限らない
一方で、ここには逆方向の注意も必要です。
現在の医学で十分に説明できないからといって、
「科学的に説明できない → 存在しない → 学ぶ価値がない」
と短絡的に考えるのも違うと思います。
医学には、現象が先に知られ、後からメカニズムが明らかになってきたものが数多くあります。
徒手療法についても、私たちがまだ十分理解できていない現象はあるでしょう。
だから私は、
「科学的根拠がまだ十分でないから全部否定する」
という立場でもなければ、
「長い歴史があり、先生がそう言っているから全部正しい」
という立場でもありません。
まず現象を見る。
自分でも体験する。
医学的に説明できる部分は説明する。
分からない部分は、分からないものとして残しておく。
これくらいの距離感がちょうどよいと思っています。
長生術を「信じるか、信じないか」だけにしない
長生術を学んだ卒業生でも、その後の付き合い方はさまざまだと思います。
長生術を臨床の中心にしている人。
一般操作だけを使っている人。
脊椎矯正だけを部分的に取り入れている人。
他の徒手療法と組み合わせている人。
ほとんど使わなくなった人。
どれが正解という話ではありません。
3年間学んだからといって、一生その考え方だけを使い続けなければならないわけでもありません。
重要なのは、
自分が何をしているのかを理解し、目の前の患者さんに必要なものを選択できること
だと思います。
そのためには、長生術だけを学ぶのではなく、解剖学、生理学、病理学、運動学、疼痛科学など、一般的な医学知識も学び続ける必要があります。
そのうえで、
「長生術のこの部分は使える」
「これは自分には必要ない」
「この考えは別の理論で説明したほうが理解しやすい」
と、自分なりに取捨選択していけばよいと思います。
このページが「長生術を考えるきっかけ」になれば
このページは、
- 長生術に興味があり、これから学んでみたい人
- 長生学園への入学を検討している人
- すでに長生学園で学んでいるものの、「結局、長生術とは何なのだろう?」と感じている人
に向けて書きました。
私自身、入学前に、
「こういうページがあれば、もう少し長生術をイメージしやすかったのに」
と思えるものを目指しています。
そして、ここまで読んで、
「面白そうだから長生術を学んでみたい」
と思う人もいるでしょう。
逆に、
「自分には合わなさそうだ」
と思う人もいるでしょう。
どちらでもよいと思います。
長生術は、文章だけで完全に理解できるものではありません。
興味があるのであれば、まず実際に受けてみる。
そして、学ぶのであれば実際に手を動かす。
さらに、
自分の手で感じたことを、自分の頭でも考える。
伝統だから盲目的に信じるのでもなく、科学的に説明しきれないから切り捨てるのでもなく、
「なぜなのだろう?」
と考え続ける。
私自身も、このサイトを通じて長生術を学び直しながら、その答えを考えていきたいと思っています。